<< 骨三人衆 24日はありがとう。 >>

気がついたら日記書いてない。

友人が「brogになに書いていいかわかんない」とつぶやいていたけど、
まったくそういう感じでした。

自粛とか、心配とか、そういうんでは全然ないんだけど。

なんだろう。今までがあまりになんでもなかったからかな。

前に、今日本人がひとつのことを考えると言うか、なにかしら感じる日は、
1年通じて、大晦日から元日にかけてぐらいじゃないか、と書いた。

でも今は日本人がいつも心の隅に、あるいは中心に、
震災や原発の事故のことを考えている。
オウムの時も、阪神大震災の時も、ここまで長く、
みんながひとつのことをアタマの中に重しのように置いていたことは無い。
そしてその重しは今日も明日も消えるとは思えない。

自分たちの心が、何か試されているような気さえする。

この大災害は、おそらくボクが生きている間には、
元通り復興することはないだろう。それほど多くのものが失われた。

本当に、経済や資源や食料が乏しくなっていくのは、
これからなのかもしれない。
ものの値段が上がり、逆に給料は減っていくかもしれない。
放射能の恐怖は、いつまでもボクらを脅かすのかもしれない。

でも、今の被災地の人のご苦労に対する気持ちとは全く別の次元で、
そのことが、少しウレシイというように思える自分がいる。

ようやく違う方向にボクたちは向かえるんではないかと、
期待している自分がいる。

今まで「発展」だけがエライとされてきた。
昨日より今日の方が夜が明るいほうが、発展のように思っていた。
何か取り憑かれたように、電気だって資源だって食料だって、使いまくってた。
「経済の低迷」は、全員が嫌なことだと思っていた。

心の時代とか、モッタイナイ、自然回帰とか、
エコロジーとか、いろんな「いいこと」言ってきたけど、
でも経済的にはずっと無限に右肩上がりに上昇していくのが、
結局「輝かしい日本の未来」と思っていなかっただろうか。

今の都知事が「東京は日本の脳であり心臓だ」と言っていた。
多くの人は、心の中で「それは確かにそうだけど」と思っていたかもしれない。
「この資源のない日本で、原発無しに発展はありえない」とも言っていた。
それはそうなのかもしれない、と聞き流していたかもしれない。

断っておくけど、都知事選があるからこれを書いているわけではない。

でも、そういう「発展」や「東京中心思想」は、
もう古ぼけた考え方になってしまったように、
今回の大災害の中で、ボクは感じるようになった。

もっと大きな視野で、そしてより深く、
日本という国を見直す時がきたのだろう。

日本全体をながめて、経済も情報も分散しなければならないのではないか。
一カ所に集中する経済効率第一主義を、
危機管理の面からも、やめざるを得ない時期なのではないだろうか。

占いでも予言でもなく、日本には何十年かに一度、必ず大地震が来る。
地球上で、そういう運命の位置にある島国なのだ。
ひとつひとつの建物の耐震構造だけでなく、
国の経済や文化の耐震構造も見直さねばならないのではないか。

今の子供達、これから生まれてくる子供達のために、
それを真剣に考えて、実現して行く責任が今の大人たちにある。

ボクは一昨年から月一回の散歩を大阪に向けてしている。
自分で歩いていて、日本には本当に山が多く、また川も多い、
水と緑が豊富な国だと実感している。
飛行機の窓から見ても日本は島国というより、山国だ。

でもそういう自然を
「あの山は使えないから」
「住めないから」
「ただの山だから」
と、あまりにも無視して来なかったか。
我々は、自然を相手にしたこの国の林業や農業も、大事にしなかった。

日本の山や川や野、もしかしたら空も、もう一度
眺め、見つめ、考えようと、多くの人がちゃんと思えるように
なるんじゃないだろうか。

観光地でもなんでもないただの田舎の大自然が、
宝の山に思える時が来るんではないか。

古来、日本人は自然と親しんできたと、よくいわれる。
それはそんだけ山や野原ばっかりだったからだろう。
そんで金もなかったかもしんない。

季節の移り変わりを味わってきた。
夜を夜として、暗いものとして生きていた。
月の満ち欠けや、月明かりの風景を日常的に、楽しんでいた。
タダだしね。
行灯のほのかな灯りに安心とぬくもりを感じていた。

今までより街が暗くなっても、
建物や乗り物の中が寒くなっても暑くなっても、
ボクたちはきっとそれはそれで、文句をいいながら、楽しむに違いない。
ビールやかき氷をもっと美味しく味わうだろう。
その値段が高くなって、今のように好きなだけ味わえなくなっても。

それと、今まで電気がじゃんじゃん使えたから、
いくら「大発明しました!」と言っても、
「ふーん、なかなかいいんじゃないの?でも実用化は難しいね」
とか、鼻で笑われて、悔しい思いをしていた隠れた天才研究者がの出番が、
今、ようやくやってきました!なんてこと、ないだろうか?

もともと研究熱心で工夫好きで貧乏性の日本人だ。
きっと面白いこと考えるやつが出てくるに違いないと思う。

「アハハ、ニッポン、まだまだ使うとこあったじゃん!」
「おいしい部分、全部捨ててたなぁ!」
「あの頃はバカだったね」
「アハハ、ホント、なに考えてたんだろう?」
という笑い声が、この災害の向こうに聴こえるように、ボクは思う。

長過ぎ。
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by mqusumi | 2011-04-03 19:11 | こんなことがあった
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