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蕎麦屋 川義のこと

三鷹の駅から少し遠い場所に「川義」という蕎麦屋がある。
前に住んでいたマンションに近いので、よく行った。
民芸調の店で、手打ち蕎麦。
いわゆる高級手打ち蕎麦屋とは違って、もっと庶民的な店で、
味も気取りの無い正直な味で、ボクは好みだった。

蕎麦もおいしいけれど、ボクはここのうどんが好きだった。
もちろん手打ちなんだけど、讃岐うどんと違って、
いわゆる武蔵野うどんに近い、少し茶色がかって、つるんとしてない麺が
あたたかい汁ものでは、じつに口当たりよく、
やや薄味の醤油味のつゆによく馴染んだ。

特に温かい肉うどんが絶品で、ブタばら肉で適度に油が出た汁がうまく、
ニンジンと大根を煮たのが心に温かく、控えめにのってる大根おろしが効いている。さらにポイントはチョコッと乗ってる細切りのピーマンで、この香りと歯ごたえが肉に合い、絶妙。

お店は必ずしも繁盛してなかったけど、
蕎麦打ち体験の会をしたり、出張蕎麦打ちをしたり、武蔵野うどんの
作り方のDVDを作ったり、いろんなアイデアを出して、
そこも面白かった。ボクも一度蕎麦打ち体験をした。

ボクはそんなこんなで、かれこれ20年ぐらい通っていた。
雑誌に紹介したことも2回ほどある。
御主人はボクが行くと、必ず話しかけてきて(話し好き)、
ヨーロッパ旅行での麺体験とか、各地の蕎麦の話をしてくれた。

御主人は、蕎麦屋だけどお酒が飲めなくて、だから
「(故)杉浦(日向子)さんは来てくれないだろうなぁ」
なんて寂しそうに笑ったりしてた。お酒売ってるのにな。
店を手伝う奥さんともすごく仲よくて、娘さんや孫にも恵まれ、
人柄が懐かしい人だった。

ところが昨年ぐらいから、お店をずっと休んでいて、話によると
御主人が病気療養中ということだった。
それがあまりに長いので、大病なのかな、と心配していた。

そしたら、ある時、近くを通りかかって
四つ角で川吉野ほうを見ると、シャッターが開いている。
思わず足を止めた。
懐かしい障子の引き戸の前に、紺ののれんがかかっている。
「あ、再開したんだ」
と思って入ろうと思ったが、ボクはなぜか躊躇してしまった。

なんだか病後で元気がまだ十分ではない、あるいはひどく痩せたりした
御主人に、相対したくなかったのだ。
全然わからないのにさ、そんなこと。
その時、遠くからのれんを見て、一瞬足を止めて、迷って、
かかとを返して駅に向かいながら、そういう自分に胸が痛んだ。
行って、何も言わずに美味しいうどんを一杯食って行けよ、俺。
今年の夏のことだろうか。

昨日、店主が亡くなったと聞いた。
あの、久しいぶりに見た、洗いざらしののれんが
心の中で、突然サヨナラしているようだった。
オヤジさんが毎年自分で貼り替える、引き戸の真っ白い障子が、
まぶしく見えた。

味、というのは、本当に個人的なものだ。
おいしい、というのは、もっとも個人的な体験だ。
誰も、ボクの舌では食べることができない。
どんなに「おいしいね」と一緒に言えても、
キミの舌のおいしさを、ボクの舌では感じられない。
誰かがおいしいと感じた背景には、その人が食べてきた全ての味と
全ての人生が横たわっているからだ。
それはまた、お店をどう感じるか、にも繋がっていると思う。

ボクは、川義のうどんが大好きだった。蕎麦も好きだった。
川義というお店が大好きだったんだよ。
人を連れていって、喜んでくれると、すごく嬉しかった。
ブルータスの若い編集者は、一口食べて
「あ、ふむふむ」
なんて言ってたけど、食べ終わるころに、
「・・・このうどん、後半にいくにしたがって、
ターボがかかるように美味しくなってきますね!いや〜」
と、汁も全部飲んで、別のものをお変わりしていた。
天ぷらもおいしかった。
そばがきも、もちろんおいしかった。
蕎麦のたこ焼きも作ってくれた。
揚げ蕎麦をお土産にもらったっけ。ビールに合うんだ。

ある日、一人で行って蕎麦を待ってるとき、店の衛生責任者の名前に
「藤川義春」
という名前を見つけたときは、思わずニンマリしてしまった。
そういう店名の付け方のセンスが、店全体に響いていたんだ。

ありがとう、御主人。
安らかに眠ってください。
きっと向こうでも蕎麦を打っているな。
あの笑顔で。

昨日の夜は雨が降ったようで、道路のアスファルトが黒く濡れていた。
こんな日は、川義の味噌煮込みうどんが美味しいんだろうな。

合掌。
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by mqusumi | 2007-11-30 14:49 | こんなものを食べた
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