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旧友が来てくれた。

ProjectorQ調布に、高校1年の時の同級生オマタくんが
来てくれた。あ、「クンはやめようぜ」と言われたので、オマタだな。

久しぶりなんてもんじゃない、高校卒業以来、二十歳ぐらいの時、
道でたった一度、偶然会っただけだ。約30年ぶり。

最初、店に入ってきたとき
「憶えてないだろ?」
と言われて戸惑った。
そのまま、ライヴをやって、終わってから
ビールを飲んでひと息ついてたら
「まだ思い出せない?」と隣に来て言われ、
顔をまじまじ見たけど、わからなくていたら、
「ヒント。仙川」
と言われ、
「え、オマタくん?」
と言ったら、そうだった。
この時、頭より口から先に「オマタ」の言葉が出たのは
ちょっと不思議な感覚だった。
あとから頭が追いついてきて、じわーっと懐かしくなった。
ボクらの高校は仙川にあった。

オマタは、使い古されたカタカナ文字でなく、「uniqueな」ヤツだった。
それは話し方から、ファッションから、考え方から、行動もだった。
飄々としていて、とぼけていたけど、頭も良かった。

太宰治、の名前から暗くて面倒くさそうなイメージを簡単にぬぐいらせてくれたたり、
中原中也がいいぜ、と教えてくれたり(でも彼は最初「ナカハラナカヤ」と読んでいた)。
当時ユーミンが登場して、ニューミュージックが盛り上がり「フォーク」は一気に「暗くて貧乏臭い」イメージをかぶせられたが、
オマタが「友部正人はいいぜ」と言うと、水を飲むように素直にその音楽が聴けた。
オマタの言葉には、時代の流行の色眼鏡を外させる、魔法の力があった。

ダンガリーシャツの第1ボタンは留めてたほうが、ホントはかっこいいんだぜ、とコッソリ教えてくれたり、
今じゃ「ヴィンテージ」と名前を変えたリーバイスの501の古着を、安く売ってる板橋かどこかの汚い店を教えてくれたり、
懐かしの駄菓子屋ブームのハシリのハシリの、抜群にセンスあった店「ハラッパA」を教えてくれたりした。
でも口には出さないけど「かっこいいのはいいけど、カッコつけるのはダサい」っていう態度があって、それにも影響された。

情報誌もインターネットもない時代、どうやってそういうことを知ってたのか、今も不思議だ。

美術の成績がいいわけでもないのに、ノートにチョコッと描く絵が面白くて、描き文字なんかも実に変っていた。
細野晴臣とかジョン・レノンなんかが、ちょっと絵や字を書くと面白いじゃないですか、あれに似てる(誰に同意求めてんだ俺)。

クラスで特に目立ってたわけじゃないけど、ボクから見て、すごく「センスがイイ」ヤツだった。
一緒にいたのは1年の時、1年間だけだったけど、すごく影響受けた。

そうだ、オマタは、友達のツチモチくんに、
「おいツチモチ、パパ問題どうするよー!」
とよく言ってた、
彼は高校1年で、父親のことをまだ「パパ」と呼んでいて、それを
いつどうやって、別の呼び方にするかを、
同じ悩みを持つツチモチとふざけ半分に悩んでいたのだ。
「今さら『お父さん』なんて、面と向かってゼッタイ言えねえよ!」
とか大声で言っててみんな笑ってた。

今は彼も俺もすっかり「お父さん」の歳なわけだが、
でも、昨夜のオマタはなんかカッコ良かった。
今調布に住んでいて、さるメーカーで楽器部門にいる。
意外なような、彼に似合ってるような。
家では、なんと呼ばれているんだろう?
短髪で、ジーンズ姿で、細い縁のメガネをかけ、
ゆったりと、Maker'sMarksのロックを飲んでいた。
ボクはビールとか、ワインとか、注がれるままに、目茶苦茶。
いろんな話して、本当に楽しかった。
でも何話したかよく憶えてない。
そんなもんだよな。
だけどその途中で、
「イイ夜だな」
と2回、彼は言った。
目を少し落としたら、オマタのダンガリーシャツのボタンは、
やっぱり一番上まで留められていた。
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by mqusumi | 2007-12-08 16:13 | こんなことがあった
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